太宰治の人間失格は遺書だった?解説あらすじ読書感想文まで

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+usya+

(出典:photo by +usya+ クリエイティブコモンズ)

 

人前だと自分を演じてしまう若い人が共感し癒される『人間失格』

先日いやしこむでは人生の思い出の本は?というアンケートをとりました。

最近の本のランキング入りが多く、文豪と言われる人たちの本が軒並みランキング外になるなか、

太宰治『人間失格』は第4位に入りました。

 

思い出の本ランキング!人生のベスト本を303人大調査

 

いまなお多くの若者に『人間失格』が読まれるのはなぜなのか?

現代の若者が読んでも、自分のことだと思ったという感想をよく聞きます。

『人間失格』が不朽の名作と言われるわけです。

最近ですと、芥川賞を受賞された又吉直樹さんも太宰好きで有名ですよね。

 

若い人たちの悩める心が共感する『人間失格』とはどんな小説なのでしょうか?

読もうとしたものの、小説の暗さに挫折した人も多いのではないでしょうか。

そこで挫折した人にも分かりやすく、10分でわかる『人間失格』の解説文を書きました。

これを読めば、あなたも今日から人間失格通です。



太宰治の遺作であり自伝『人間失格』と玉川上水(三鷹)での入水心中

『人間失格』は1948年(昭和23年)5月に太宰治が書き上げ、7月に発行されました。

1948年6月13日に太宰治は愛人の山崎富栄と玉川上水(三鷹)で入水心中し、38歳で亡くなります。

死後発行された『人間失格』は遺書のような作品であり、太宰治の一生を描いた自伝であると考えられています。

ならば『人間失格』を読んで、太宰治の一生はどのようなものであったのか考察してみます。

新潮文庫では140ページにも満たない長さなので、決して長い小説ではありません。

 

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太宰治『人間失格』のあらすじ

ningensikkaku

 

大庭葉蔵の道化

・東北の田舎に生まれ育った大庭葉蔵(太宰治)は幼い頃から人間が何を考えているのか分からず恐ろしかった。道化(わざとドジに振舞う)を演じて、人と繋がろうとする。

・葉蔵がわざとドジに振る舞っていることをクラスメイトの竹一に指摘され、葉蔵は焦燥します。

・人間が恐いので自分の本心をまったく言えずに育ち、たえず孤独の陰がつきまとうようになります。→秘密を守れる男として女性が寄ってくる要因になります。

 

大庭葉蔵の女性関係

1人目の女性 人妻ツネ子

・葉蔵は高校入学とともに東京へ出てきます。カフェ(今で言う「キャバクラ」のような場所)で知り合った女と心中しますが、葉蔵だけが生き残ります。心中の理由は、金がなく、二人とも生活に疲れていたからです。

 

2人目の女性 シングルマザーのシヅ子とその娘シゲ子

心中から一人だけ生き残った葉蔵は雑誌記者のシヅ子の家に転がり込みます。今でいうと、ヒモ生活です。二人が幸福そうに暮らす姿を見て、葉蔵は自分が二人を不幸にするのではと家を出ます。

 

3人目の女性 結婚までした信頼の天才ヨシ子

人を疑うことを知らない無垢なヨシ子に惹かれ、葉蔵は結婚します。

束の間ですが、結婚生活はこの小説で唯一の幸せな期間です。

しかし、ヨシ子はその人を疑わないという美質のせいで、家を出入りしていた男に無理やり犯されてしまいます。

ヨシ子の信頼という美質が汚されて、葉蔵は益々アルコールに頼ります。

 

自殺未遂からモルヒネ中毒へ

葉蔵はヨシ子が隠し持っていた致死量の睡眠薬を飲み、自殺を図りますが死なずに生き残ります。

アルコール中毒から脱却しようと、アルコールよりはマシだろうとモルヒネを飲み始めモルヒネ中毒になります。

 

脳病院での軟禁から田舎での療養生活

モルヒネ中毒になった葉蔵を周囲の人は気違い扱いし、脳病院に連れて行きます。3カ月脳病院で過ごしたのち、長兄が迎えに来て、故郷の近くで療養生活をします。

葉蔵は苦悩も感じなくなり、廃人のように暮らしているところでこの小説は終わります。

 

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太宰治『人間失格』の詳細を解説

クリエイティブ・コモンズby Sxld

(出典:photo by Sxld クリエイティブコモンズ)

 

『人間失格』という小説は、5つに分かれています。

・はしがき(三葉の写真)

・第一の手記(幼少期~小学校)

・第二の手記(中学校~東京の高校、ツネ子との心中)

・第三の手記(シヅ子との暮らし~田舎での療養生活)

・あとがき(京橋のスタンド・バアのマダムの回想)

 

5つを1つずつ詳細に解説していきます。

 

太宰治『人間失格』はしがき 冒頭は三葉の写真

「私」が大庭葉蔵の写った三葉の写真を見る場面から『人間失格』は始まります。

「私」というのは、この小説の語り手で京橋のスタンド・バアのマダムから三葉の写真を渡された人物です。

もし「私」という語り手が誰なのか気になる方は、「はしがき」と「あとがき」を読んでから手記の部分を読み進めても、推理小説などと違ってネタバレといったこともないので、よいと思います。

 

三葉の写真のうち、一葉目は幼年時代の葉蔵が写っています。

ひとめで「なんていやな子供だ」と感じさせる写真です。

笑っているように見せかけているが、ただ顔にシワを寄せているだけで笑ってなどいない顔で葉蔵は写真に写っています。

幼年時代から葉蔵は心から笑うことができなかったのです。

 

二葉目は二十歳前後の葉蔵が写った写真。

美少年ではあるが、生きている人間の感じがしない。笑顔は巧みになってはいるが、人間らしい笑いとはどこか違います。

笑顔(に見える顔)が巧みになっていることから、幼年時代より人を欺く術が巧みになっていることを感じさせます。

 

三葉目は年齢の分からない、頭はいくぶん白髪のまじった葉蔵の写真。

表情がなく、死んでいる人よりももっと印象のない顔をしています。

ほとんど何も感じない男の姿が連想されます。

 

三葉の写真とも、見る者をムカムカさせる、気味悪い、不愉快な写真です。

「はしがき」のこの三葉の写真は大庭葉蔵(太宰治)の一生をシンボリックに表現するものです。

いわば『人間失格』という小説の中で大庭葉蔵(太宰治)がどんな変遷をたどっていくか予告する効果があります。

 

この「はしがき」を読んで、読者にこの大庭葉蔵(太宰治)という男はいったい何者なのかと謎を持ってもらい、この後の小説のページをめくらせる推進力を生もうとしています。

 

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太宰治『人間失格』第一の手記=幼少期~小学校

東北の田舎に生れた子供の頃の大庭葉蔵(太宰治)のことが書かれています。

東北の田舎というのは、太宰治が育った青森県津軽地方のことでしょう。

父が貴族院議員をしている地元の名士の家に太宰治は育ちますが、『人間失格』の大庭葉蔵の父も議員をしている設定となっています。

 

子供の頃から葉蔵は空腹を感じたことがありません。

食欲というのは、人間の三大欲求ですから生きることに直結した欲望です。

その欲望が希薄だということは、すでに生きることに対する欲望が希薄なのではということを想像させます。

 

私が読んでいるのは新潮文庫の『人間失格』ですが、

P11「つまり自分には、人間の営みというものが……」から、

P13「……何を、どう言ったらいいのか、わからないのです。」までの、

この2ページくらいの文量で書いてあるところが、大庭葉蔵(太宰治)がこの後描かれていく一生を送ることになった、ほとんどすべての要因だと私は思います。

 

簡単にいうと、葉蔵は人間らしい生活がわからず、ほかの人間が何を考えているかわからなくて恐ろしく、誰にも本当のことを言えない人間だったことです。

 

だから、大庭葉蔵(太宰治)は道化になったのです。(私の推測ではなく、はっきりと小説に書いてあります。P13)

はしがきに出てきた三葉の写真の顔になったのです。

 

人の営みがわからない、人の心がわからない大庭葉蔵は人とどう接したらいいのか、何を話したらいいのかわかりません。親や兄弟に対してですらそうです。

だから道化になることで、人間と繋がろうとしたのです。

道化とは、笑い者になることです。ちょっと抜けたところのあるお茶目な存在として人間から愛されようとしたのです。

このことを太宰治は、道化は「自分の、人間に対する最後の求愛でした。」(P13)と表現しています。

 

まるで人間ではない怪物の話のようです。

私はまるで『フランケンシュタイン』のようだなと思いました。

怪物が愛を求めてさまよう話という意味では、『フランケンシュタイン』と『人間失格』は似ています。

葉蔵は人間に求愛しながら、自分とは違う生き物である人間を恐れていました。

こういう男が生きていく変遷を記録したものが『人間失格』という小説です。

 

葉蔵はその道化っぷり、お茶目さを決して計算ではなく、天然のように見せかけていました。

いわゆる「天然ボケ」です。

家族と接するときも、学校でもそうでした。

 

太宰治『人間失格』第二の手記=中学校~東京の高校、ツネ子との心中

plaits

(出典:photo by plaits クリエイティブコモンズ)

 

大庭葉蔵は中学生になります。

葉蔵の道化は板に付き、道化によってクラスでは人気者になっていました。

その葉蔵の嘘の天然ボケを見抜いたのが、クラスメイトの竹一という少年です。

竹一は勉強ができるわけでもなく、運動ができるわけでもない冴えないクラスメイトです。

 

天然ではなく計算してボケていることを竹一に指摘された葉蔵は激しく動揺します。

「自分は、世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上るのを眼前に見るような心地がして、わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました。」(P26)と小説では書かれています。

竹一に天然ボケではなく計算だと言いふらされることを葉蔵は恐れました。

葉蔵は竹一に近づき、言いふらされないよう注視していました。

竹一から葉蔵は、将来「女に惚れられる」と「偉い絵画きになる」という二つの予言をされます。

 

竹一に天然ボケではなく計算してドジを演じていることをクラスメイトに言いふらされることのないまま、葉蔵は東京の高校に入学し、父の別荘で暮らすようになります。

高校は「教室も寮も、ゆがめられた性慾の、はきだめみたいな気さえして、自分の完璧に近いお道化も、そこでは何の役にも立ちませんでした。」(P38)

 

葉蔵は学校をサボり、洋画家の画塾に出入りします。

そこで堀木正雄という画学生と知り合い東京案内をしてもらいます。酒と煙草と淫売婦と質屋と左翼思想とを教えてもらいます。酒、煙草、淫売婦が葉蔵の人間恐怖を一時的に紛らわせるのを知ります。

 

父の別荘で暮らしていた葉蔵ですが、父が仕事で東京へ来ることもなくなり別荘を売り払います。葉蔵は下宿をして、毎月決まった額の送金で暮らしていかなければならなくなります。

しかし葉蔵はお金を2~3日で使い果たし、送金を実家に催促する電報をします。下宿に一人でじっとしているのがおそろしく、外をほっつき歩きます。

 

一人目の女 鎌倉の海で心中をはかる、人妻ツネ子

一人で行ったカフェで女給と知り合いになります。ツネ子という2つ年上の有夫の婦人です。夫は詐欺罪で逮捕され刑務所にいます。侘びしく貧乏くさいツネ子に、葉蔵は安らぎを覚えます。金もなく、人間としての営みに疲れた二人は、鎌倉の海に入水しました。

葉蔵は助かり、ツネ子だけが死んでしまいます。

世間体が気になる裕福な東北の田舎の実家からは縁を切られてしまいます。(葉蔵の父親が怒ってしまいます。)

自殺幇助罪の疑いで警察に連れて行かれ、検察で起訴猶予となります。

 

太宰治『人間失格』第三の手記(1/3) 二人目の女 シングルマザー=シヅ子

鎌倉での事件後、葉蔵は高校を追放され、父の知り合いのヒラメと呼ぶ男の家に居候しますが、ヒラメの家も気詰まりになり、逃げ出します。

ヒラメの家を出ても行くところのない葉蔵は画学生の堀木の家に行きます。

そこで知り合ったのがシヅ子という雑誌社で記者をしている女性でした。シヅ子は5歳になる娘シゲ子と二人暮らしで夫とは死別していました。

葉蔵はシヅ子の家に滞在し、ヒモ生活を始めます。

シヅ子が雑誌社に勤めているつてで、葉蔵は漫画を描いて稼ぐようになります。

竹一の予言のうち、女に惚れられるという予言はあたり、偉い絵描きになるという予言ははずれました。

シゲ子にも好かれ、「お父ちゃん」と呼ばれるようになります。

 

葉蔵は世間とは個人じゃないかと思い始めてから、これまで人の顔色ばかり窺い、本音を言えずにいたのが、少し自分の意志で動けるようになります。

葉蔵の飲酒量はしだいに増えていき、漫画の稼ぎだけではお金が足らなくなってきます。シヅ子の衣類を質屋に持って行き、その金で酒を飲むようになります。

葉蔵は二晩つづけて外泊して、三日目の晩に玄関のドア越しに中の様子を窺います。

部屋の中のシヅ子もシゲ子も幸福そうでした。

幸福そうな親子の姿を見て、自分が一緒にいて二人を滅茶苦茶にしたくないと葉蔵はシヅ子の家を出て、二度とそのアパートに帰りませんでした。P95

 

太宰治『人間失格』第三の手記(2/3) 三人目の女 信頼の天才ヨシ子

Hsuhanyin

(出典:photo by Hsuhanyin クリエイティブコモンズ)

 

高円寺にあるシヅ子のアパートを出た葉蔵は、そのまま京橋のスタンド・バアのマダムに、「わかれて来た」と言い、バアの2階に寝泊まりするようになります。

バアの常連たちから酒をごちそうになります。葉蔵は世の中を以前ほどおそろしいところでは無いと思うようになりました。

それでもまだ人間というものがおそろしいという気持は変わりません。

 

その頃、葉蔵はバアの向いの小さな煙草屋のヨシ子という17、8の処女の娘から酒を止めるように言われ、酒を止めると約束しました。

約束の翌日に、葉蔵はもう酒を飲みます。しかし、酒を飲んだ葉蔵と会っても、ヨシ子は約束したのだからと葉蔵が酒を飲んでいないと信じきっています。

葉蔵の赤い顔も夕陽のせいだと言いはります。

その純粋さに胸を打たれた葉蔵はヨシ子と結婚します。

葉蔵はしんから信頼してくれているヨシ子と一緒にいるのが楽しく、自分もひょっとしたら、人間らしく暮らせるかもしれないと思います。

この小説で唯一の束の間の幸せな時間です。

 

ヨシ子は人を疑うことを知らないため、葉蔵に漫画の仕事を依頼するため出入りしていた男を警戒せずに上げてしまい、無理やり抱かれてしまいます。

ヨシ子の抱かれている姿を目撃した夜から、葉蔵はすべてに自信を失い、ひとを底知れず疑い、この世の営みに対する一さいの期待、よろこび、共鳴などから永遠にはなれるようになりました。(P116)

ヨシ子は葉蔵と話すときもおろおろし、びくびくし、敬語を遣うようになりました。

ヨシ子が汚された事より、ヨシ子の信頼が汚された事が葉蔵の苦悩となります。

ヨシ子は無垢の信頼心という稀な美質を持っており、葉蔵もその美質に憧れていたのに、その美質のせいで犯されてしまいました。

葉蔵は唯一のたのみの美質にさえ疑惑を抱き、もはや何もかもわけがわからなくなり、益々アルコールに頼るようになります。

無垢の信頼心は罪なのだろうかと悩むのです。

 

太宰治『人間失格』第三の手記(3/3)自殺未遂、モルヒネ中毒、病院での軟禁、田舎での療養

クリエイティブ・コモンズby freeflyer09

(出典:photo by freeflyer09 クリエイティブコモンズ)

 

ある夜、葉蔵は台所でヨシ子が隠し持っていた致死量以上の睡眠薬を見つけます。

葉蔵はその睡眠薬をすべて飲み干します。

三昼夜、葉蔵は意識を取り戻しませんでしたが、死なずに覚醒します。

 

意識を取り戻し、これまでの生活に戻った葉蔵ですが、すっかり体調が悪くなります。酒を止めることもできず、ある晩、葉蔵は喀血します。

喀血したことが不安で、薬局に薬をもらいに行き、薬屋の奥さんと話します。奥さんは未亡人で、息子も病気、舅は寝たきり、自分も小児麻痺で片方の足が不自由と不幸な境遇にありました。

薬屋の奥さんは親切心でどうしても酒を飲みたくなったら、これで我慢しなさいとモルヒネを葉蔵に渡します。

葉蔵はモルヒネの量がしだいに増えていき、モルヒネ中毒に陥ります。

薬屋の奥さんとも不幸な境遇の者同士、慰め合うように肉体関係を持ちます。

 

どこからか葉蔵の状態を聞きつけた堀木とヒラメがやってきて、葉蔵を脳病院に連れて行きます。気違い扱いをされ、病院に軟禁されるのです。

 

葉蔵は、“いまはもう自分は、罪人どころではなく、狂人でした。いいえ、断じて自分は狂ってなどいなかったのです。一瞬間といえども、狂った事は無いんです。けれども、ああ、狂人は、たいてい自分の事をそう言うものだそうです。つまり、この病院にいれられた者は気違い、いれられなかった者は、ノーマルという事になるようです。”と考えます。

“そして、人間、失格。もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。”(P132)と思うのです。

 

3カ月病院に軟禁されていましたが、故郷の父が亡くなり、長兄が田舎で療養生活するよう迎えにきます。

父が死んだ事を知り、葉蔵は腑抜けたようになります。苦悩することすらなくなります。

故郷の街から汽車で数時間離れた古い家屋で、60歳に近い女中と二人で暮らします。

睡眠導入剤と下剤を間違えて飲み、夜中にお腹を下しながら廃人だなと思います。うふふふと笑ってしまいます。

“いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます。”と感じ、『人間失格』という小説は終わります。

 

太宰治『人間失格』あとがき=京橋のスタンド・バアのマダムの回想

はしがきの三葉の写真を私がどうして見ることになったのか、を記しています。

「私」が知り合いだった京橋のスタンド・バアのマダムに会い、小説の材料になるかもしれないと3冊のノートと3葉の写真を手渡されます。

京橋のスタンド・バアのマダムは葉蔵を回想し、「とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも……神様みたいないい子でした」と言います。

 

太宰治『人間失格』読書感想文

人間が何を考えているか分からず、それゆえ恐ろしく、人間らしい生活をすることもできない、人間でありながら人間ではない生物のように生まれついた男の人生を描いた小説です。

道化=わざとドジに振る舞っていたのは、葉蔵が人間を嫌いだったからではなく、人間に愛されたかったからです。

その姿はいじらしくもあります。

冷静に自分を客観視することもできる葉蔵ですが、結局最後まで人間らしい生活をすることも、人間と穏やかに交流することもできないままにいる姿が可哀想で、哀れで、惨めでもあります。

太宰治はユーモラスな人だと言う人もいますが、自分を冷ややかに見つめ、自嘲気味に形容するところにユーモラスな面も感じられます。

もし太宰治の人生を悲劇と捉えるなら、その悲劇性は生まれつき備わっていた性質に依るものであるでしょうし、

もし太宰治の人生を喜劇と捉えるなら、その喜劇性もまた、生まれつき備わっていた性質に依るものでしょう。

 

ここまで読んでいただいたあなたはすでに人間失格通です。

ちゃんと小説を読んでみたくなった方はこちらからどうぞ。

人間失格 [ 太宰治 ]

 

 

人間失格を読みながら、私は名言だと思った言葉をメモしていました。

その名言集の記事はこちらです。

自殺したい、死にたい時に救われる太宰治・人間失格名言集

この記事も合わせて読めば、あなたももはや太宰治と言っても過言ではありません。

 

太宰治はなぜ女性にこんなにモテたのか気になる方はこちらの記事がおすすめです。

モテる男の雰囲気とは?なぜ太宰治は女性にモテたのかを学ぶ

太宰治がなぜ女性にモテたのかを分析し、モテる技術を盗みましょう。

 

この記事を書いた奴は、さぞや太宰治ファンなのかもしれません。

どんな奴が書いたんだと興味を持っていただけた奇特な方がいらっしゃいましたら、こちらの記事を読んでみてください。

太宰治のマネ

この記事を書いたライターの半生を綴ったプロフィール



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7 Responses to “太宰治の人間失格は遺書だった?解説あらすじ読書感想文まで”

  1. さあこ より:

    俳優の生田斗真さんに、ハマった主婦です(^^)
    初主演作の、「人間失格」を見て、もっと詳しく知りたくなり、この記事に辿り着きました。映画から入ったので、少し分かりにくいと思っていたこと点も、記事を読ませて頂いた上でもう一度映画を観ると、とても良く分かりました。もっと、太宰治について知りたくなりました。中学生の息子が2人居ますので、人生の参考に⁉︎読ませてみようかなとも思いました。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >さあこさん
      コメントいただき、ありがとうございます。
      生田斗真さん主演の映画「人間失格」は見たことがありませんでした。
      代わりにというか、同じ2011年に主演された映画「ハナミズキ」は見たことがあり、生田斗真さんは北海道の漁師さんを熱演されていました。
      映画で細かいところまでストーリーをすべて把握するのは難しいですよね。私も映画だと、よくストーリーが分からないことがあります。
      太宰治に限らず、本は好みが分かれることが多いですから、中学生の息子さんが太宰作品と合うかどうかですかね。本人が少し読んでみて、気に入れば自然と読むようになっていくのかなと思いました。

  2. 麻世 より:

    素敵な紹介文で、何と言ったらいいかはわかりませんが、コメントしたくなりました。
    優しい文章から、女性かと思っていました。

    深夜に、よくわからないことを書いてしまい申し訳ありません

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >麻世さん
      コメントいただき、ありがとうございます。
      やさしい文章でしたでしょうか。もし、そう感じられたなら、きっと麻世さんがやさしい方だからではないでしょうか。
      深夜のほうがセンシティブになることがありますよね。ある種の小説は深夜に読むのが似合います。
      深夜に小説を読む時間が、昔は好きでした。

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