自殺したい、死にたい時に救われる太宰治・人間失格名言集

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Jordan Sarkisian
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人生に疲れた。

死にたい。自殺したい。

もう生きていたくない。

こんなに辛いなら死んだ方がマシだ。

わたしたちの人生にはいろんな辛いことがあります。

人の辛さにはその人にしか分からないこともあるかもしれません。

人は一人で死んでいく運命だから、生まれながらにして孤独だなんていう話も聞きます。

 

孤独に生きた気持ちを、赤裸々に書き残した小説家がいます。

太宰治です。

太宰治『人間失格』には、その生の苦しみが記録してあります。

こんなにも孤独で辛い小説なのに、多くの日本人に読まれ、いまでも多くの若い人たちから共感され、支持される人気の小説です。

孤独なはずの小説がこれだけ多くの人に支持されているのは、わたしたちの孤独は多くの人が抱えている孤独だからです。

そう考えると、孤独であることは孤独ではないのかもしれません。

 

今回は太宰治の遺作である『人間失格』から自殺したい、死にたい時に読むと共感するだろう名言をご紹介します。

 

自殺したい、死にたい時に救われる太宰治・『人間失格』名言集

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“この顔には表情が無いばかりか、印象さえ無い。特徴が無いのだ。”(新潮文庫の人間失格ではP7。以下ページ数は新潮文庫のもの)

太宰治の晩年の顔は、のっぺらぼうのような印象のない顔をしていました。

その顔は死人よりもっと印象のない顔をしていました。

 

“恥の多い生涯を送って来ました。”(P9)

心中未遂をしたり、自殺未遂をしたり、アルコール中毒になったり、モルヒネ中毒になったりしたことを言っているのでしょうか。それとも道化を見破られたことを言っているのでしょうか。

太宰治は生きること自体を恥だと感じていました。

 

“人間は、めしを食べなければ死ぬから、そのために働いて、めしを食べなければならぬ、という言葉ほど自分にとって難解で晦渋で、そうして脅迫めいた響きを感じさせる言葉は、無かったのです。”(P11)

この言葉を読んで、私はソクラテスの「生きるために食べよ、食べるために生きるな」という言葉を連想しました。

太宰治は食欲というものを感じたことがなく、生きたいという願望がそもそもなかったようです。

 

“人間の営みというものが未だに何もわかっていない”(P11)

人間の生活・暮らしが太宰には分からず、それが最後まで彼を苦しめました。

まったく生活というものが何なのか、何のためにあるのか、なぜ生活しなければならないのかが太宰には分かりませんでした。

 

“自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、まるで食いちがっているような不安、自分はその不安のために夜々、転輾し、呻吟し、発狂しかけた事さえあります。自分は、いったい幸福なのでしょうか。自分は小さい時から、実にしばしば、仕合せ者だと人に言われて来ましたが、自分ではいつも地獄の思いで、かえって、自分を仕合せ者だと言ったひとたちのほうが、比較にも何もならぬくらいずっとずっと安楽なように自分には見えるのです。”(P12)

太宰がいかに人と異なった価値観を持ち、それにより苦悩したかが分かる部分です。

太宰にとっては生きることは幸福なことではありませんでした。死ぬことが楽になれることであり、幸福だと考えていました。

 

“(道化は)自分の、人間に対する最後の求愛でした。”(P13)

道化というのは、太宰がわざとドジにふるまって他人から親しみをもってもらおうとしたことです。道化によって人と繋がろうとしましたから、人間への愛情表現だったんですね。

太宰をいじらしく感じます。

 

“自分は、これまでの生涯に於いて、人に殺されたいと願望した事は幾度となくありましたが、人を殺したいと思った事は、いちどもありませんでした。それは、おそるべき相手に、かえって幸福を与えるだけの事だと考えていたからです。”(P27)

太宰が死ぬことは幸福だと考えていたことが、この文章からよく分かります。

 

“情熱とは、相手の立場を無視する事かも知れません”(P42)

鋭い洞察です。たしかに情熱というのは反対されたり、立場を異にする人がいたりしても自分のしたいことを押し通すような気持ちなのかもしれません。

 

“弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我をするんです。幸福に傷つけられる事もあるんです。”(P58)

幸福をおそれる気持というのは共感できる人も多いかもしれません。

幸福が続かないことをおそれてしまうんですよね。

 

“自分には、貧しさへの恐怖感はあっても、軽蔑感は、無いつもりでいます”(P82)

太宰はお金持ちの家に生れていますので、よけいに貧しさを恐怖していたのでしょう。

恐怖と軽蔑とは別のものです。自分の心情をとても正確に表現しています。

 

“自分は、どれほど皆を恐怖しているか、恐怖すればするほど好かれ、そうして、こちらは好かれると好かれるほど恐怖し、皆から離れて行かねばならぬ”(P88)

太宰の歯がゆい思いが感じ取れます。

恐怖するほど、太宰は恐怖ゆえにますます他人のご機嫌をとろうとしたのかもしれません。

するとさらに人から好かれるので、もっと人が怖くなります。

 

“世間とは個人”(P91)

世間なんてものはありそうで存在せず、個人でしかないということです。

太宰は世間とは個人だと思うようになってから、少し気持ちが楽になったと書いています。

 

“荒っぽい大きな歓楽(よろこび)を避けてさえいれば、自然また大きな悲哀(かなしみ)もやって来ないのだ。”(P93 上田敏訳のギイ・シャルル・クロオという人の詩から)

人間失格のなかで引用している詩です。起伏の大きな人生と小さな人生とがあるという考え方です。凸凹な人生をならすと、みんな平坦になるという考えです。

 

“個人と個人の争いで、しかも、その場の争いで、しかも、その場で勝てばいいのだ、人間は決して人間に服従しない、奴隷でさえ奴隷らしい卑屈なシッペがえしをするものだ、だから、人間にはその場の一本勝負にたよる他、生き伸びる工夫がつかぬのだ、大義名分らしいものを称えていながら、努力の目標は必ず個人、個人を乗り越えてまた個人、世間の難解は、個人の難解、大洋は世間でなくて、個人なのだ、と世の中という大海の幻影におびえる事から、多少解放せられて、以前ほど、あれこれと際限の無い心遣いする事なく、謂わば差し当っての必要に応じて、いくぶん図々しく振舞う事を覚えて来た”(P95)

なかなか難しい表現ですが、人間のエゴイズムを表現しているように思えます。

太宰が世間とは個人だと考えるに至った思考の経緯です。

人間はみんな個人、個人のことしか考えていないのだから、世間なんてものは存在しないってことです。

 

“神に問う。信頼は罪なりや。”(P117)

人を疑うことを知らない無垢な妻ヨシ子が、人を疑うことをしないがゆえに男に襲われた後に、苦悩して考えている言葉です。

人を信頼していたからこそ襲われてしまった妻を太宰は思い、信頼することは罪なのだろうかと考えたようです。

 

“自分はいったい俗にいう「わがままもの」なのか、またはその反対に、気が弱すぎるのか、自分でもわけがわからないけれども、とにかく罪悪のかたまりらしいので、どこまでも自らどんどん不幸になるばかりで、防ぎ止める具体策など無いのです。”(P124)

太宰の悲しい性(さが)を表しています。

太宰は太宰なりには懸命に生きましたが、どうしても不幸になっていくばかりでした。

不幸になっていくのは、自分がわがままだからか、気が弱すぎるからなのかと色々考えたのでしょう。

 

“死にたい、死ななければならぬ、生きているのが罪の種なのだ”(P129)

晩年の太宰はこのように考えていたのでしょう。

生きていること自体が間違いだと考えていました。

 

“自分の不幸は、拒否の能力の無い者の不幸でした。すすめられて拒否すると、相手の心にも自分の心にも、永遠に修繕し得ない白々しいひび割れが出来るような恐怖におびやかされているのでした。”(P131)

太宰はやさしい人だったんだろうなとこの文章を読むと思います。

拒否できなかったり、臆病だったりするがゆえに太宰は不幸になってしまったのでしょう。

 

“神に問う。無抵抗は罪なりや?”(P132)

気違い扱いをされ、脳病院に軟禁された時に浮かぶ考えです。

太宰は、自分は気が狂っているわけではないと思っていました。

でも脳病院に軟禁されても、それに反抗しようとはしませんでした。

その自分の無抵抗であることが罪なのだろうかと考えました。

 

“いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます。”(P134)

『人間失格』が好きな小説だという友人が、この小説はこの文章を書くためにすべてが書かれたと言っていました。

太宰が最後にたどり着いた境地です。

 

人間失格に興味はあるけど、小説じゃ読みにくいんだよなという方におすすめなのが漫画です。

漫画だと、難しい話もさくさく読めてしまいます。

もちろん漫画で読んでも、ストーリーはしっかり理解できますよ。

漫画で『人間失格』を読んでみようかなという方はこちらからどうぞ


人間失格 [ 太宰治 ]

 

 

死にたい、自殺したい気持ちは変なんかじゃない

Hsuhanyin

太宰治は自殺してしまいましたが、わたしたちは生きていきましょう。

この太宰治『人間失格』の名言集を書いたのは、もしかしたらこの名言に共感することで救われる人がいるかもしれないと思ったからです。

 

自殺の話をすることをタブーとするのは間違いだと私は思っています。

オープンに自殺についても話し合える環境づくりが大事です。

自殺を考えている人は、その胸のうちを話せるだけでも少し救われるはずです。

自殺をタブーとして遠ざけようとすることは、自殺について悩んでいる人も遠ざけることになります。

 

わたしにも死にたくなるくらい辛いことがありました。

きっと人が聞けば、そんなことでというようなことかもしれないことでした。

そんな時、わたしは信頼している人に気持ちを打ち明けました。

こんな話をしていいのだろうかと不安な気持ちもありました。

でも、その人はわたしの気持ちを受け入れてくれました。

人って、誰かに自分の気持ちや状況を知ってもらうだけで安心するものです。

 

昔、ヨーロッパだったと思いますが、はじめて生理を迎えた少女がなにか重大な病気と思い込み悩んだあげくに自殺したことがありました。

この少女は自分の辛い状況や気持ちを誰かに打ち明けることができたなら、自殺せずにすんだことでしょう。

 

悩んでいる気持ちを、誰かに話すことはまさに生死をわけるくらい大事なことです。

どこにも打ち明けるところがなければ、このブログのコメント欄にあなたの辛い気持ちを吐き出していただいてもかまいません。

真摯にお返事をいたします。

 

この名言を読んで死にたい人、自殺したい人が共感し少しでも救われることを願っています。

 

この記事を読んで、太宰治の『人間失格』がどんな小説か気になった方はこちらの記事がおすすめです。

太宰治の人間失格は遺書だった?解説あらすじ読書感想文まで

この記事さえ読めば、あなたも10分で人間失格通になれます!

『人間失格』を読んだ人と「へー、君も読んだんだ!」という顔をして余裕で話せます。

 

太宰治に興味を持った方なら、こちらもおすすめです。

モテる男の雰囲気とは?なぜ太宰治は女性にモテたのかを学ぶ

 

 

太宰のように難しい言葉でなく、もっと身近な人の言葉を読んで癒されたい方はこちらの記事を読んでください。

消えたい、死にたい、生きるのが疲れた人へおすすめの言葉

青森県のリンゴ農家の方が人生の窮地に立たされた時の言葉です。

私たちが生きていると、みんな同じような苦しい状況になることがあると思います。

だからこそ、胸に響く言葉です。

当ブログの人気記事でもあります。

 

胸に響く言葉といえば、歌の歌詞も胸に響いてきますよね。

人生が苦しい時に聞きたいおすすめの歌があります。

人生に疲れた時におすすめ歌ランキング!生きるのに疲れた方へ

辛い時に聴くからこそ、よけいに感動する歌を紹介しています。

私も辛い時によく聞いています。

 

 

この記事を書いた奴は、さぞや太宰治ファンなのかもしれません。

どんな奴が書いたんだと興味を持っていただけた奇特な方がいらっしゃいましたら、こちらの記事を読んでみてください。

太宰治のマネ

この記事を書いたライターの半生を綴ったプロフィール

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64 Responses to “自殺したい、死にたい時に救われる太宰治・人間失格名言集”

  1. あみ より:

    はじめまして。大きな失敗をしてしまい後悔にさいなまれ仕事を失い、鬱病になってしまったものです。
    鬱になってからは何も手につかず死にたい欲が止まらずに、くすりをのんでいるだけの毎日です。
    なんとか生きようとはしているのですが親にも主人にも迷惑をかけてみんなつかれているのをみると余計に悲しくなります。自分の軽率さがひどく辛くなります。この状況から一体いつ復活できるのかと毎日願いながら睡眠薬を飲むばかりの日々です。救いがなくて辛いです。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >あみさん
      はじめまして。
      近くにいてくれる方に迷惑をかけ、みんなが疲れているのを見るのは心苦しいことと思います。
      ただ、親も旦那様も近くに寄り添ってくれているようですので、本当にありがたいことですね。
      できれば、時々はありがたい気持ちを言葉にしてお伝えするだけでも、きっとお互いに救われた気持ちになることができるのではないかと想像しております。

      大きな失敗をしてしまいということですので、現在の状況を招くこととなった明確な原因がおありになるようですね。
      個人的には、多くの病気がそうであるように、鬱病も先天的に鬱病になりやすい傾向の方と、後天的な影響で鬱病になってしまった方と2通りあるのかなと思います。
      そして、個人的には先天的な(生まれつきと言ってもいいかもしれません。)原因によって鬱病を患っている方が、回復するというのは中々難しいことなのだろうと思っております。塞ぐべき傷すら、明確になっていない状況です。
      あみさんの場合には、特定の原因がはっきりしているようですから、後天的なことが原因による鬱病なのだろうと思います。
      この場合には、その事象で受けた心の傷が回復さえすれば、鬱病から回復することができるのではなかろうかと思うのです。
      原因が明確になっているということは、回復に対するアプローチを見い出すことに必ず役立つものです。

      多くの体の傷と同じように、深く傷ついた心の傷も時間の経過とともに少しずつは治癒していくのではないでしょうか。
      人は否応なしに忘れていく生き物だと私は思っています。
      憶えていたいことも、憶えていたくないことも、どんなことでもみんな忘れてしまうのが人間だと思います。
      良くも、悪くも、いつかは薄れていくのではないでしょうか。

  2. 麻婆 より:

    19歳女です。大学受験を控えていますが荷が重くてやめたいです。ですが奨学金の保証人になってくれた人、応援してくれた人に申し訳ないのでやめられません。
    辞めても良いと言ってくれる人もいますが、辞めたら人間としてダメだと思われると思います。過去にも責任感がないとか、根性なしと言われました。
    私は根性なしです。甘ったれです。
    こんなの悩みですらないはずで、よっぽど私は恵まれてるんです。でも恵まれてるのに結果を出せない、やろうともしない自分は人間として迷惑すぎです。死にたいです。が、死ぬと迷惑なので、やってません。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >麻婆さん
      大学受験、たしかに大きなプレッシャーがかかりますよね。
      私も過去に大学受験をしております。
      私はこう考えるようにしておりました。
      たかだか数枚の紙が配られて、数時間、その問題の答えを書いたくらいで人生の決定的な何かが決まるはずはないと思っていました。こんなことで、あなたという人間の本質的な部分の何かが測れるとは思えません。たとえ合格しなかったとしても、勉強したことで身についたことは今後も役立っていくわけですし、ただ違う人生が待っているだけです。
      医者になりたくて、医学部を受けるといった場合には、たしかに人生を左右する大きなものではありますが。

      正直に申し上げて、大学受験で一生が決まったり、人生が決まったりすることはありません。
      今の日本では、いい大学に入ったからといって、いい人生が待っているというコースのようなものはだいぶなくなったと思います。
      大企業に入社したいのであれば、なるべくいい大学に入って、いい学歴を手に入れておいたほうがいいですが、大企業に入ったからといって安泰でもないですし、その会社が自分に合う会社かどうかも分かりません。
      先日、電通の社員の方が自殺して亡くなっておりましたが、個人的には「電通」という会社でなければ、自殺ではなく、辞めて転職を選べたのではないかなと思います。
      まわりの人に、「電通を辞めたい」なんて言ったら、みんな「勿体ない」と言うに決まっていますから。

      私も「大学受験辞めたかったら辞めてもいい」と思います。
      ただその辞めたい気持ちが何から来ているかです。「他にやりたことがある」のであれば、むしろ私は辞めるのが正解なのではないかと思います。
      「やりたいことがわからない」という場合には、大学に行く以外にも、「仕事やバイトを転々としながらやりたことを見つけていく」という方法もあります。
      ただ大学に行ける恵まれた環境があり、麻婆さんが働いてみたいこと、やってみたいことがないのであれば、大学に行くことをオススメしておきます。

      辞めたい気持ちがプレッシャーから逃げたいという気持ちから来ている場合も、大学受験を辞めないほうがいいと思います。
      大学はたくさんありますし、どこの大学でもよければ、どこかしら受かるのではないでしょうか。それこそ大学で人生が決まるわけじゃないと、どこかで開き直った気持ちも持ちながら、臨まれるのがいいかなと私は思いました。
      「大学受験のプレッシャーで自殺する」なんてもったいなさ過ぎですと思います。

  3. ai より:

    21歳の女です。
    信頼できる人が1人もいません。
    人間不信でずっと孤独を感じながら生きてきました。
    親は精神病を患っており、ずっと連絡とってません。

    所詮、人間なんて自分さえ良ければ良いと考える生き物。

    親への恨みで苦しくなる時が多々あります。

    太宰治はすきです。
    天才ゆえのいろんな苦悩を抱えながら生きた人だと思います。
    初めて読んだ作品は斜陽です。

    生きる意味なんてないです。
    死ぬ意味もないから生きてるだけです。

    だけど、最近ふと死にたくなる時があり少し自分が不安になります。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >aiさん
      信頼できる人が1人も周囲にいない状況でしたら、孤独を感じるのが当然なのかなと思います。
      所詮、人間なんて自分さえ良ければ良いと考える生き物というのも同感です。まずは、自分のことを第一に考えてしまうのは当然なのかなと思いますし、それで良いと思います。寄付やら奉仕やらできるのは、自分に余裕がある人でしょう。

      親への恨みで苦しくなるというのは、今もまだ親に期待しているということでしょうか?
      それとも過去のことを思い返して、恨みの気持ちが出てしまうということでしょうか?
      いずれにしても、恨み続けて生きていくのは苦しいですので、いい意味で諦めて生きていくことも大事かなと思います。
      言葉にするのは簡単ですが、とても難しいことだと思いますが。

      生きる意味なんて、根源的にはどんな人間にもありません。生きる意味があるという人は、生きていく過程において、後づけで自ら意味を見出しているだけです。
      人間なんて、絶望していて当然とも言えるかと思います。絶望をした上で、その先をどう生きていくか、開き直ってみるのも一興かと思います。
      人間が生きる意味ではなく、aiさんが生きる意味を見出すか、見出さないかは、すべてaiさんの自由なのかなと私は思います。

  4. HK より:

    私は今27です。現在親元を離れ生活していますが、無職、無保険の状態です。
    来週母が此方を訪ねて来る予定ですが現在の自分の状態を2年以上話せていませんでした。両親には仕事をやめたことを話せていません。
    何度も何度も話す機会はあったし、何度も手をさしのべられていたように今は感じています。
    恥ばかりの人生だったと思います。この恥を両親にまで負わせるのが辛く話せませんでした。
    先月、病気になり、その時の両親からの何気ない電話、留守録を聞いて涙が止まりませんでした。
    この年になるまで両親、家族の大切さに気付けなかった自分を消したいし消えたい。気づいていたのにそれに頼れるときに頼れなかった、こんなになるまで話す勇気が出ない自分が嫌いです。見捨てられた方が楽だと思ってた自分を殺したい。
    今回打ち明けるつもりですどんな結果になろうと今までの感謝を伝え一歩でも前に進みたい
    読み返すと甘えが透けて見えて嫌になるまた助けてもらおうとしてる自分が両親にとっての障害にしか思えないしその通り
    挫けそうです全て伝えて全て受け入れられる勇気が欲しい

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >HKさん
      いただいたコメントでどんな状況にあるのか、だいぶ分りました。
      そして、このコメントを読んだかぎりでは、HKさんはちゃんと御両親とお話できると感じました。
      大丈夫です。御両親からも、何度も手を差し伸べられていたように感じるのであれば、もしかしたら御両親も薄々感づいていらっしゃるのかもしれません。
      HKさんが伝えることさえできれば、きっと受け止めてもらえる御両親なのではないかなと思います。

      特に、恥ずかしいことではありません。
      長い人生ですから、人は生きていれば、必ず何度かは自分一人ではどうしていいかも分からないような状況に陥るものだと思います。
      一人だけで、安定して生きていくというのは、誰にもできないことだと思いますよ。
      どんな裕福な方だって、どんな独立心旺盛な方だって、少しずつ多くの方と関わることで精神的な安定を得ているものです。

      すでに、ここにHKさんは正直な思いを綴れているのですから、このまま後は御両親にお伝えすればいいのです。
      私には詳細な事情は分からなくても、HKさんの心の状態のようなものが伝わってくる文章でしたし、良い方なんだろうなと感じました。
      もし御両親にうまく喋ることができなければ、このコメントの文章を見せるだけでも、きっと伝わります。
      伝える前は、かなり勇気のいることでしょうが、伝えてしまえば、スッキリして楽になれるのではないかなと感じました。

  5. 死にたい。 より:

    死にたい。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >死にたい。さん
      そうですか。何を申し上げたらいいか。今日の東京は天気がよく、快晴です。

  6. peko より:

    初めまして。
    惰性で生きてる実家暮らしの独身アラサー女です。
    自信もなければ、お金も生きる気力もありません。
    ただ、生きてる事に意味を見いだせず、人と関わるのが面倒で仕事も転職ばかり。もちろん、パートナーもいません。
    ないことばかり数え、考えています。
    生きづらい。

    人と信頼関係を結ぶのが苦手で、利用され裏切られ蔑まれ、もううんざりです。
    家族も今は近くにいる人間というだけで、依存し依存されの関係。ただ一緒にいる時間が長い一番近くにいる他人です。
    あなたが心配といいながら自分の都合を押しつける。
    仕事をしてなくても家にはお金を入れている。

    私はもう人は信じません。私も信じるに値する人間ではありません。

    人間関係を良くしようと近寄っても上部だけの自分に吐き気がするし、好奇心で近寄ってくる人は気持ち悪いし、関わりたくない。
    上記の名言に共感しかないですね。

    このまま生きていても幸せになれそうにない。
    生きるには人と関わらなくてはいけない。

    もう諦めているんです。
    死ぬのにもお金がかかるから、ただやり過ごしながら死を待つか死ぬ確率が高い仕事や活動に携わって死に飛び込むのか。
    後者の方が迷惑かけずに済むんだろうと思います。
    世間一般で言う体裁は守れるんじゃないんでしょうかね。

    最後に死ぬために、上部だけの自分の気持ち悪さを飲み込んで死に飛び込むのもいいかもしれませんね。

    関係ありませんが、まだ私が人を信じてた時、友人が自殺しました。
    彼女も似たような心境だとしたら、自殺する数週間前に電話をかけてきたのになんとなく出なかった私には罪があるんだと思います。

    ただ思うままに書いてしまい、読みづらくてすみません。
    コメント返事いりません。
    独り言でした。

  7. かに より:

    好かれるほど怖い。大事だと思われたくない。
    まさにそう。
    気付いた途端にめちゃくちゃに壊します。
    人間に会いたくない。
    でも発達障害の子供がいる。
    ひとり親です。子供のことはすごく愛してる。この子のためならなんでもしたい。その思いとは裏腹に、もう何かできる力が残ってない。
    幸せが続かないんじゃない。幸せなんかない。私にふさわしくない。
    安定すると怖い。次に何がおきるのか。
    仕事に行けない。仕事は嫌いじゃない。でも行けない。外に出たくない。人間が怖い。好かれれば好かれるほど。期待するな。できると思うな。
    男女には友情なんてない。でも抱かれていないと生きてられない。友達だと信じていても、結局裏切られるから。
    信じた人は皆、私から奪って行く。女の子は傷つけちゃいけない存在だって、守るべきものだって思ってた。皆が幸せになれるなら、そう思って生きて来た。命を削っても。皆大好きだって。
    家族でさえ、信じたらいけない存在。そんなこと知りたくなかったなー。いや、認めたくなかった。
    感情もない。イライラはする。でも涙も出ない。笑顔が得意だったのに、人の目すら見れなくなってた。
    ただのバカです。
    でも死ぬ元気はありません。
    生きていても価値ないのに。もう、行動もできません。
    ここに書き込めただけ、自分を褒めようと思います。最後の行動です。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >かにさん
      好かれるほど怖いという感情は、わりと女性に感じる方の多い感情なのだろうと思います。
      男性は調子のいいときには、調子に乗ってしまう方の割合が女性に比べて多い気がします。

      私には子どもがおりませんので、発達障害のお子さんがいらっしゃるというのはどれくらい大変なことなのか想像することしかできません。
      ひとり親ということですから、その大変さは単純に2倍どころか、もっとだろうと思います。

      かにさんのコメントを読んでいて、お子さんのことをとても大事に思ってらっしゃるのは伝わってきますので、おそらく気持ちの問題ではなく、現在の状況を続けることがキャパシティーオーバーなのだろうと思います。
      キャパシティーオーバーを招いている要因は、経済的な事情、限られた時間といった問題であり、物理的にかなり難しい状況にいらっしゃるのかなと想像しております。
      少し、お休みする時間が必要なのかなとも思います。

      家族でさえ、信じてはいけない存在というのは、どういった事柄があって、そう思われたのでしょうか。
      正直、私はひとり親で子どもを抱えて生きていくなら、事情が許すなら御実家で生活なさるのが良いのではないかと思いました。
      経済的な制約、時間の制約といった物理的な問題が、かなり改善されるのではないかと思うからです。
      もちろん、御実家の状況などによって、変わってくることだとは思っております。

      文章から、男性不信のような印象も抱きました。抱かれていないと生きてられないといったことから、男性不信でありながら、男性依存の気持ちがあるのかなとも思います。
      結局、裏切られると思うような男性とは、体の関係にならないほうが良いのではないかという印象を持ちました。(個人的な意見であり、色々な考え方があるのは承知しておりますし、そういった考えを否定するつもりはありません。)

      ただ個人的には、ひとまず男性の話は置いておいて、生活を安定させることを考えていくのがよいのではと思いました。
      とはいえ、今のかにさんに何かを変えるだけの力が残されているのか、私にはよく分かりません。
      信じたらいけないという御家族か、お近くにいらっしゃるご友人など、どなたかに現状をお話しできませんでしょうか。

  8. より:

    今まで自殺したいって思う人の気持ちが分からず、命にかえられるものなんてないと思っていました、今もそれは変わらないけど最近、自殺したいひとの気持ちが分かります。こんなに苦しいなら死んでしまいたいって本気で思います。死にたいというよりこれからの未来が恐怖で生きているのが怖いのです。誰かに話せるような事でもなく、信頼できるひとも側にいず、苦しいです。相談して、大事に思われるのも嫌です。誰かに気持ちを吐き出したくて書いてしまいました。わたしはまだ中学生で人生がまだまだ長く続くし、たった15年間生きてきただけでも、生きていたら楽しい事がたくさんあるってことを知っています。本当は死にたくないし、まだまだ楽しい思いをしたいです。自分が夢見ている輝く未来を叶えたいです。この不安で苦しい気持ちをなくして心から笑いたいです。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >。さん
      。さんのコメントを読んでいて、一生懸命生きていて、素敵な人なんだろうなと思いました。

      「死にたいというよりこれからの未来が恐怖で生きているのが怖いです。」
      その感覚も、私と近いというか、すごく分かります。
      私も、「死にたいというより、死んだほうが楽だな」とは辛い状況になると思うからです。でも、本当は生きていたい。

      「生きていたら楽しい事がたくさんあるってことを知っています。」
      「夢見ている輝く未来を叶えたい」
      こうした思いがあるのなら、心配ないのかなという気もしました。

      ただ、ちょっと気になるのは、。さんの苦しさや、未来への恐怖が何から来ているのか、何を原因としているのかです。
      。さんの不安や苦しい気持ち、未来への恐怖は何を原因としているのでしょうか?
      書きたい気持ちになれば、またここで書いてください。

      未来への恐怖や苦しい気持ちが、叶えたい未来があるからこそのものなのであれば、
      不安や苦しい気持ちをなくしたいというのは、難しいかもしれません。
      そうした気持ちは夢や、やらなければならないことへのモチベーションや行動に変えられるものです。

      叶えたい未来があるからこその不安や苦しみなら、なくすよりも上手に付き合っていくほうがいいのかなと思いました。
      もし、不安や苦しい気持ちをなくしたいなら、努力や行動することでなくせるといいと思います。
      私はこれだけ努力したのだから、大丈夫と思えるくらいに。

  9. ライ より:

    大好きだった人とお別れし、これまで楽しかったことも楽しいと思えなくなってしまいました。
    彼と結婚し子供をもつことが夢だったので、そんな未来も叶わなくなってしまいました。
    これから何を楽しみにしたらいいかわからず、途方に暮れています。
    でも、親が悲しむから死ぬことも出来ない。
    このまま一人で楽しみもなく生きていくことが辛い。

    友達にも心配をかけたくないので言えず、ここで吐き出させていただきました。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >ライさん
      一つの恋愛が終わり、これまで楽しかったことも楽しくなくなり、夢や希望も失って、世界が灰色に見えるような状況なのだろうと推察しています。
      いちおう、私も失恋により「死んだ方が楽だな」という気持ちになったことはあります。
      お辛いだろうとは思いますが、恋愛の辛さというものは、本当に一過性のものです。

      恋愛のことが原因となり、それを苦にして、自ら命を絶つ方がいらっしゃるのは承知しておりますが、個人的にはなんて勿体ないことなのだろうと思っております。
      感情を心の内側に留めておくと辛いですから、外側へと吐き出すことが少しでも気を楽にするためには大事かなと思います。
      もちろん、ここに吐き出していただいてオッケーですし、できれば知人にお話しするのも、心を楽にすることができるかなと思います。
      心に残っている感情の亡骸を、せっせと外へと運び出してあげてください。

      焼け野原にも、新しい草木が芽吹くように、ライさんの心にも必ず新しい草木が芽吹いてきます。

      • ライ より:

        返信ありがとうございます。
        最近、お前が悪い、お前が間違っていると言われることが多くて、正直へこんでいます。
        友達に話すにも、話ながら泣いてしまいそうで、迷惑かけたくないので、平気なふりをしてしまいます。
        本当は、思い切り泣いて話を聞いてもらいたい。そんな相手もいないです。

        • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

          >ライさん
          そうなんですね。できれば迷惑をかけても許される、弱いところも見せられる信頼できる友人なんかがいると、すごく精神的には助かると思います。
          私は男ですが、失恋した時は全く男らしくなく、いつまでもウジウジと引きずっていたので、弱みを見せられる友人の存在が本当に助けになりました。
          思い切り泣いて話を聞いてもらう相手がいるといいのですが、もし心当たりがいないようでしたら、このコメントに泣きながら思いのすべてを書いていただいてもかまいませんよ。

  10. K.T より:

    お薦めされていた柴田淳さんの「今夜、君の声が聞きたい」を聞きました。優しくて歌詞がとても良い曲だなと思いました。そして何故か今年の始めに流れていた相棒出演者の高岡早紀の台詞を思い出しました。「愛していたじゃない。愛している、現在進行形よ」私もふと寂しくなると月を見上げる癖があります。そしてその月には愛している女性の顔が思い浮かぶ…。
    彼女は今元気に暮らしているのだろうか?と。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >K.Tさん
      柴田淳さんの「今夜、君の声が聞きたい」いいですよね。
      「愛していたじゃない。愛している、現在進行形よ」それでいいと思います。激しい恋心はなくなっても、愛しているという感覚は続くものだと思います。個人的には恋心がなくなった後も、愛しているという感覚が続くかどうかは、恋した相手の人間性に依るのかなという気がします。
      K.Tさんのコメントを読みながら、夏目漱石が”I love you”を「月が綺麗ですね」と訳したという話を思い出しました。

  11. なみだ より:

    コメントありがとうございます。今、住んでいる家は、父名義で権利書も両親が持って失踪したため、売ることも出来ず、持ち家なので、生活保護も受けられない状態です。せめて息子のトラブルさえなかったら、こんなに苦しむこともなかったのにと思う毎日です。それでも、たとえ自ら命を断つとしても、寿命が有る限り死ねないのですね。いつかは死ねる事を楽しみに、今日も生きています。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >なみださん
      お礼を言ってもらえるようなことは、何一つお返事できていないような気がいたします。
      持ち家ですと、生活保護を受けることはできないのですね。
      御両親の失踪というのが不可解なところもありますが、あまり御両親との関係がうまくいっていなかったのでしょうか。

      「いつかは死ねる事を楽しみに、今日も生きています」希望や楽しみがないと、生きているのは大変ですからね。死ねる事を楽しみにできることは、強さだと思います。
      私は辛い状況が続くと、中島みゆきの『時代』の歌詞をよく思い出しています。

  12. なみだ より:

    ちょっとした障害を持っていますが、負けるまい。心まで障害者になるまい。と、明るく前向きに頑張って来ました。しかし、愛娘に死なれ、息子は生まれましたが離婚。実家に戻りましたが、両親共に、勝手に失踪しました。それでも、息子を育てる為、パートしながら必死に頑張りました。そんな矢先、息子がある問題を起こし、弁護士を雇いましたが、この先ずっと相手におカネをを払い続けなければなりません。辛いです。生きていたくない。死にたいです、

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >なみださん
      いただきましたコメントを読むだけでも、大変な窮境にいらっしゃるのが伝わってきます。
      「心まで障害者になるまい」という思想は、すごく素敵だなと感じました。

      どなたか頼れる方がいらっしゃるといいのですが、ご両親も失踪してしまっているということですので、なかなか頼れる方がいない状況でしょうか。
      現在はパートをされているということですので良いと思いますが、もしお身体が辛いなどといった事情が生じた場合には、生活保護を受けるといった方法はないのかなと思いました。

      すいません、他に何と申し上げていいか分かりません。辛いとは思いますが、頑張って生きてみませんか、としか言えません。
      お力になれず、申し訳ございません。

  13. ノーネーム より:

    すみません。思い出したことがあるので、書き込みます。前のコメントで、太宰さんしか信用していませんと書き込みましたが、たまに食べ物を食べている時に思います。「私は、この食べ物を毒が入っていないと確信して食べている。」これは、信頼というものの一部なのでしょうか?それと、迷惑かもしれませんが、ここには書いてなかった私の知っている、太宰さんの名言を書いておきます。「生きていること。ああ、それは、何というやりきれない息もたえだえの大事業であろうか。」斜陽の一部です。「年月は、人間の救いである。忘却は、人間の救いである。」お伽草子の浦島さんの一部です。あと、太宰さんではないのですが、へルマン・ヘッセの名言も、役にたつかと思い、書き込んでおきます。「苦難はそれを恐れているとつらいものだ。そして、それに不満ばかり言っていると苦しくなる。そこから逃げようとすると、追いかけてくる。逃げてはいけない。文句を言ってはいけない。恐れてもいけない。それを愛しなさい。苦難の本質を味わいなさい。全力で取り組みなさい。嫌がってはいけません。苦しいのは逃げているからです。それ以外ではありません。」長くなりましたが、良ければ参考にしてください。返信お願いします。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >ノーネームさん
      ノーネームさんの疑問に、私も共感します。
      なぜ死ぬことがいけないのか、個人的には死ぬこと自体が悪いわけではなく、死ぬことによって人に迷惑をかけるから死ぬことはいけないのだと思っています。

      ノーネームさんのお父さん、お母さんは、ノーネームさんが死んだ場合にどのような気持ちになるのか。
      お気持ちだけではありません。ご家族が子供を育てるのにかけた費用や労力はどうなるのか。受けた分はお返ししなければ、マイナスと言っていいと思います。
      また、ご家族の場合は、亡くなった後の様々な事務的な処理も、物理的な処理もしなければなりません。

      お父さん、お母さんだけではなく、ノーネームさんのことを知っている人すべてが、どのような気持ちになるのか。
      それほど仲が良い人でなくとも、プラスよりはマイナスの感情を呼び起こすことが多いかと思います。

      ご家族や友人・知人だけではありません。
      人が生れてから大人に成長するまでには、さまざまな人が世話をしてくれていますし、税金も投入されています。
      受けた教育の労力や費用を社会に還元しなければ、社会に迷惑をかけたとも言えると思います。

      私が「なぜ死ぬことがいけないのか」と質問されて、道義的にではなく、客観的に考えたことはこのようなことです。

      「私は、この食べ物を毒が入っていないと確信して食べている。」
      このことは、信頼の一部か?という問いについては、そう聞かれてみると信頼の一部だと考えます。

      • ノーネーム より:

        返信ありがとうございました。あまりしっくりとはきませんが、生きていても、死んだとしても迷惑になるのなら生きていたほうがいい。ということでしょうか?あまり仲良くない人がマイナスの感情を起こすというのは基本、あまり周りから良く思われていないので考えにくいですが、あと一年くらいは頑張ってみようと思います。一年たった時にまたこのサイトにコメントを送るかもしれないので、そのときはまたコメントお願いします。ありがとうございました。

        • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

          >ノーネームさん
          あまりしっくりとこないお返事だったようで、力不足ですいません。
          ぜひ頑張ってみてください。

  14. ノーネーム より:

    私は、太宰治と名言のオタクです。名言を探していたらこのサイトを見つけました。なんとか、今は気持ちが安定しているので大丈夫なのですが、ずっと誰にも言えない質問があります。そもそも、死ぬということの何がいけないのでしょうか?確かにいきたい人にとってはとても大事なものだとは思いますが、死にたい人にとってはゴミにすぎないものだと思うのです。そもそも、人間はあの世で生まれたのだとするならその場所に帰っていくだけだと思います。ルターの名言で、「死とは、生涯の完成である。」という名言があります。完成していないものを完成させることの何がいけないのでしょうか?私には、それがまったくわからないのです。何人かの人にたずねました。でも、その人たちは、私の意見に聞く耳を持たず、否定されました。さらに普段は馬鹿にして笑っているにもかかわらず、死にたいというと、急に止めようとするのです。今の私には、はっきり言って太宰さんしか信用していません。信用していないと言っておきながら書き込むのは、おかしい。変な人だ。頭おかしい。と思われるかもしれませんが、これが精一杯です。8月中に返信お願いします。優しい言葉ではなく、厳しい言葉でいってもらってもかまいません。質問の答えをお願いします。

  15. K.T より:

    やっぱり人生を全うする事に意義を見いだせません。万事不如意なので。人生とは無情なものなので。希死念慮がとても強くなってますので。救い難いですよね…。てめえの人生こんなものなんだってもう一人の自分が言ってますので。おわりました。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >K.Tさん
      お返事が遅くなり、すいませんでした。
      生活苦と叶わない恋で、苦悩されているんですね。大変な状況なんだろうとお察しします。

      いただいたコメントを読んでおりまして、K.Tさんの中では経済的なお悩みと恋愛の悩みとが一緒くたになって苦悩されているのかなという印象を抱きました。
      個人的には、それぞれ別個の問題として見たほうが、心の整理も解決策も見つけやすいのではないかと思っております。

      K.Tさんの中では、経済的な問題と恋愛の問題とで、どちらが現在の死にたい気持ちに繋がっているとお考えですか?
      また、そのような気持ちを抱くようになったのは、去年最も愛した女性と別れることになってからのことでしょうか、それともそれ以前から死にたいという気持ちを抱いていたのでしょうか。

      現在、愛している女性というのは、その去年別れた女性のことでしょうか。
      片思いしてばかりで叶った事など1度もないとのことですが、「去年最も愛した女性と別れました」というのは交際をして別れたという意味ではなく、友人のような関係から恋愛関係に進めようとしたところでフラれたという意味でしょうか。

      すいません、色々と状況が分からないものですから、質問が多くなってしまって。

      基本的には、経済的な面は仕事のことですから、スキルアップのために地道な努力を続けるしかないと思います。
      恋愛に関しては、どのような状況にあるのか分からないので、申し上げにくいです。
      ただ、K.Tさんは人を純粋に好きになれる気持ちを持っていらっしゃるのだと思いますから、その点は素敵なことだと思います。人は年齢を重ねると擦れてきますので、人を純粋に好きにはなれなくなってくる人もたくさんいらっしゃると思いますので。

      • K.T より:

        私のコメントに返信して頂きありがとうございます。正直涙と鼻水が止まりません。恐らくこの辛い状況は一生変わらないと思います。言い忘れましたが私は難治性てんかんという病気を患っています。何故死にたいと思ったのか?という質問なんですが、それは想いを寄せる女性とは結ばれれないと確信したからです。人が生きる意義は何なのか常に問いかけている自分にとっては彼女は最上の存在なのです。これは恣意的な思いであって身勝手な思いなのだとは理性で理解しています。しかし感情では彼女と結ばれたいと願う自分がいて死にきれないのです。経済的な面は本当の願いに対してはそう大した事じゃないんです。人は食う為に働くのでさなく、食う為に働くのですから。自力本願ではなく他力本願に頼ろうと思う時点で間違っているのでしょうから。本当に真摯な返信を頂いて感謝しています。人は他人の為に役立つ為にある…それが愛している女性なら尚更です。こんな自分でも生きる価値はあるのでしょうか?

        • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

          >K.Tさん
          なんと返事をしたら良いのか、悩みながら私も書いております。
          K.Tさんのお返事を読みまして、とりあえず私の返事がマイナスにはならず、プラスになっているご様子ですので、少しホッといたしました。

          てんかんという病気のことをあまり詳しく知らなかったものですから、インターネットで調べてみました。
          けいれん、あくび、全身や手足が一瞬ビクッとするなどの発作が繰り返し起こる病気なんですね。突然になる症状で、いつ出るかが分からない中、生活するというのは大変なことと推察いたします。

          死にたい気持ちは、想いを寄せる女性とは結ばれないとの確信からですので、恋愛のほうが原因なんですね。
          K.Tさんにとって、彼女は最上の存在ということですので、他の誰にも代わることのできない唯一無二の女性ということなのだと思います。
          その女性と一緒にいられないのなら、いったい生きていることに何の意味があるのだろうか、ということですよね。

          K.Tさんは、とても素敵な恋をされたのだなと思います。
          もしかしたら、こう言っては失礼かもしれませんが、多くの人がこうした恋心を人生のうち、一度くらいは経験するものなのではないでしょうか。
          幸運にも、そうした想いを抱いた相手と結ばれる人もいるとは思います。ただ、そうではない人もそれ以上にたくさんいらっしゃるのではないかと思います。
          憧れのような恋心を抱いた相手と一緒になった方も、長い時間をともにすることになれば、幻想と違った部分も出てきますし、憧れやトキメキだけでは生活できないものと思います。

          一時的な激しい感情よりも、着実に信頼できる相手を見つけていくほうが、長い人生を考えると幸せな面もあるのかなと思います。
          人それぞれ、考え方はあるとは思いますが。

          過去はもう戻ってきませんので、今と未来をどうしたいかを考えながら、生活されていってはいかがでしょうか。
          ただ、今は無理に彼女を忘れようとすると、かえって思い出してしまって辛くなってしまう気がするので、忘れる必要はないのかなと思います。
          忘れようとしても、忘れられるものではないでしょうし。
          ただ、私は、それでも人は忘れていく生き物だと思っています。人は、どんな大事な出来事も、どんな大事な感情もいつかは忘れていくように出来ていると思います。

          「人は他人の為に役立つ為にある…それが愛している女性なら尚更です。」
          こうした生き方は、とても素敵な生き方だと、私も思います。
          愛している女性というのは、必ずしも激しい恋心を抱いた女性とは限らないのかなと、個人的には思います。

          K.Tさんが、互いに大事に想い合える相手と出会われることを願っております。

          • K.T より:

            とても真摯な返信をして貰って感謝しています。貴方は私よりも年下なのに本当に人間として完成されてますね。このサイトを見つけられて本当に良かったです。おかげ様でかなり心が楽になりました。

          • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

            >K.Tさん
            そのように言っていただけるのは嬉しいですが、人間として完成されているなんてことは全くないですよ。近しい人間とは、よく喧嘩もしますし。
            少しでもお役に立てたのなら幸いです。

  16. K.T より:

    はじめまして。死にたいと思って検索したら此処に着きました。私は40代の男ですが、今迄好きになった女性とまともに付き合えていません。片思いしてばかりで叶った事など1度もないんです。去年最も愛した女性と別れました。それからの日々には生きる事の喜びが全く感じられないのです。太宰治が語ったように自分は誰かから必要と思われたくて道化ばかり演じてきたのです。もう本当に疲れています。誰だって笑って生きていきたいのに…。経済面も切迫しています。愛されたいというのはそんなに悪い事なんでしょうか?

  17. あき より:

    はじめまして。
    消えたいと検索してこちらに辿り着きました。

    2年ほど前から毎日のように消えたいと思うようになり、さみしい、と言う気持ちが頭の中を支配しています。過去に精神科に行き鬱病と診断されましたが、その医者のことがどうにも信用できず、行ったのは1度きりでした。

    話を聞いてくれたり、心配してくれる友達もいます。
    でもこんな話ばかりをして、相手を悲しい気持ちにさせたくないので最近は誰にも話せないでいます。大切な友達には毎日楽しく過ごして欲しいんです。
    澤野さんにも、こんな話を聞いてもらって申し訳なく思います。

    毎日だるくて、目標としていることにも全く手がつけられず、自己嫌悪に陥ります。
    したいことが何一つありません。
    つらいのは自分だけじゃない、と思ったりもしますが、太宰に共感するようなつらい思いをしている人ばかりの世界なら本当に存在する意味も無いような気がしてきます。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >あきさん
      はじめまして。
      2年ほど前から消えたいと思うようになったとのことですが、何かきっかけのようなものはあったのでしょうか。
      何かきっかけがあったのであれば後天的なものや環境に起因するもので、特にきっかけのようなものがあったわけではないのであれば持って生まれた性質なのかなと考えてみたりしています。
      もし後天的なものなのであれば、何か原因のようなものを取り除くことができたなら、それよりも以前の状態に戻るのではないでしょうか。
      もしかしたら酷な言い方になってしまうのかもしれませんが、持って生まれた性質のようなものであるならば、なるべく上手に自分の性質とお付き合いしながら生活していくしかないのかなと思います。

      さみしいと感じてらっしゃるなら、少なくとも繋がりを求める気持ちはあるわけですし、そのさみしいという気持ちを素直にここに書くことができる強さを持ってらっしゃるのだから、いくらでも希望は持てるのかなと思います。
      すでに、話を聞いてくれたり、心配してくれる友達もいらっしゃるようですし。
      それに、「目標としていることに手がつけられない」ということは、すでに目標を持っている、見つかっているということですよね。目標を持っていることは、それだけでも自分を褒めてもいいくらいのことだと思います。
      私が思うには、目標を見つけられない、持てない人のほうが、この世の中には多いような気がします。

      さみしいと感じてらっしゃるなら、同じようなことを思う人たちとコミュニティを作るのもいいかもしれないです。太宰に共感されるのであれば、太宰好きで集まるコミュニティを形成すれば、そのコミュニティ内では共感し合うことができ、さみしさを紛らわせることができるのではないでしょうか。太宰に共感するつらい思いをしている人ばかりになったら、そこにはそういう人たちが集まったなりの新しい世界や新しい光が生まれると思います。
      もしかしたら、私はこの記事のコメント欄でそういったコミュニティのようなものを作りたかったのかもしれません。なので、私に申し訳なく思っていただくことはまったくありませんよ。

      つらつらと思いつくままに書いた返信となりましたが、あきさんのためになるようなことをお伝えできているといいのですが。

      • K.T より:

        はじめまして。匿名で失礼します。現在生活苦と叶わない恋で苦悩してます。自分には愛している女性がいるのですが振り向いて貰えないでいます。世の中殆どのものが金で買えますけど、命と愛だけは絶対買えません。いうまでもなく愛する存在がいる事こそが生きがいです。身の程しらずな事は重々承知してます。でも心が痛くて痛くてもう死にたいんです。人間にとって1番大切な事は『優しさと思いやり』だと自分は思います。
        こうして今迄40年間誰一人ともまともに付き合うことができずに今日までおめおめ生き続けてきました。太宰治の言葉を借りれば恥多い人生を送ってきたのです。この先に希望などない。無力でガラクタだって救えやしません。あるのは悲しさと虚しさだけ。好きになった人と結ばれてこの先も生きていきたいという願いしか今の自分にはありません。やっぱりこれは運命なんでしょうか?

  18. 曇り空 より:

    鬱を患って4年になります。昨年会社の休職期限もきれ、今は無職です。またとある事件を起こしてしまい、妻と子供と別れました。そしてまた同じ過ちを犯す寸前で思いとどまったのですが挙動が不審だったということでまたも警察のお世話になることになってしまいました。もうこんな自分が嫌です。卑怯なことだと思いますが死んでしまいたいです。ここ3日食事もできず自殺したいとばかり考えています。誰にも相談なんかできません。友人は一人いますが遠距離ですし、電話も没収されてしまいました。自分が悪いのはわかっています。でもこの苦しみから逃れたい、逃れるには死しか考えられなくなってきました。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >曇り空 さん
      大変返信が遅くなってしまい、申し訳ございません。
      文面から察するに、かなり難しい状況にいらっしゃるのが伝わってきて、どうお返事すべきか思案しているうちに時間が経過してしまいました。

      まずは、何か食べ物を召し上がってください。お腹が空いている状態では、気持ちが前を向きようがないかと思います。
      病気のためには、仕事をせず、なるべく気を楽に過ごすのがよいのでしょうが、仕事をしないと経済的な面でも不安になったりしますよね。
      曇り空さんの現在の状況は、一人で抱え込まず、誰か頼れる人に助けを求めるべき状況にある気がいたします。
      曇り空さんは、きっとお一人暮らしなんですよね。どなたか身内に頼れる方はいらっしゃいませんでしょうか。
      個人的には、ご実家など身内の方とご一緒に暮らしたほうがいいのかなという気がいたしました。

      心療内科などには既に相談されていらっしゃいますよね、きっと。
      他に、相談できる場所として、社会福祉協議会という団体がございます。一度、御連絡してみてはいかがでしょうか。福祉の制度などもございます。
      http://www.shakyo.or.jp/
      各地域に社会福祉協議会があると思いますので、お住まいの市町村名と社会福祉協議会などで検索してみるのもいいかと思います。

      もちろん、ここにまたお気持ちを書いていただいてもかまいません。
      「サマーウォーズ」という映画で、おばあちゃんが言っていたセリフに、
      「いちばんいけないのはおなかがすいていることと、独りでいることだから」というものがありました。
      今の曇り空さんにとっても、そうなのかなと想像し、考えております。

      • 曇り空 より:

        まだ死ねずにいます。でも毎日がつらいです。まだ呼び出しもなく、自責の念に押しつぶされそうです。病院で医師に相談するのも怖いです。以前に別の病院で「ぶん殴ってやりたいくらい君は弱い」と怒鳴られたことがあり、離婚後は実家に帰ったこともあり、病院を変えました。今の医師は前回の事件のことは知っているのですが今回のことを話して相談するのが怖いです。リスカも深くはできず、皮一枚傷つけてうっすら血がにじむ程度にしかできませんでした。スマホがない、取り調べが不安、これからの人生に光が見えません。食事もほとんど摂れず、味もしません。現在は親と暮らしていますが鬱に対する理解がなく、相談などできません。

        • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

          >曇り空さん
          どのような状況で医師の方がおっしゃったのか分かりませんが、
          「ぶん殴ってやりたいくらい君は弱い」と怒鳴られたというのは、そういった専門の医師の方としては中々酷い気がいたします。
          医師という職種の人は、感情的になってはいけない職種だと私は思います。

          医師も人ですから、良い医師もいれば、いまいちな医師もいるかと思います。
          人対人ですから、相性もあるでしょうし。
          きっとその以前の医師と曇り空さんとは相性があまり良くなかったのでしょうね。

          新しい医師の方との相性はどうですか?
          一度、曇り空さんが気にされている事柄を御相談してみてはいかがでしょうか。
          胸のつかえがとれるかもしれません。

          また御相談してみた結果、あまり頼りにならないようでしたら、病院やお医者さんを変えてみるのも手だと思います。
          まったくお医者さんによって、対応が異なるもののようです。
          曇り空さんにとって、相性の良い方が見つかるといいと思います。

          現在の曇り空さんの状況が分からないので、何とも言えないところもあるのですが、もし散歩ができるのであれば、散歩だけでもしてみてはいかがですか。
          散歩することで、体を動かせますし、外の世界と少しでも繋がっているように感じられると思います。
          また、歩くという行為自体が精神的に良いものなんだそうです。お腹も空いてくるかもしれません。

  19. より:

    自殺を検索したらこのブログに辿り着きました。周りに自分の意思を否定されて傷付いたり凹むより死のうかな。自殺しよう。とよく考えます。無意識に失言してしまう。私はこうでありたいと言ってもその発言に自信がなく。貴方は間違っていると言われるとどう話して良いか最終的には産まれたくなかった。自殺したいと思ってしまう。生きない方がいい。相手にとってプレッシャーになるならその方がいいなって支離滅裂で長々とすみません。一度書き込みましたが掲載されなかったので二度書きました。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >無さん
      コメントありがとうございます。
      一つ目にいただいたコメントのほうに御返信しましたので、そちらのコメントを御覧になってください。
      またいつでもコメントいただければ、お返事いたします。

  20. より:

    自殺について検索してたらこのブログに辿り着きました。
    辛い苦しいという感情がわからなくなりました。自分の言葉や意思を否定されてくようになって凹んでいましたが最近は凹むより死のうかな。 自殺したいと考えてしまいます。

    こうした文章も後で読み返しては失言してるんじゃないかとか考えてそれでまた死んだ方がいいと思うんです。発言に自信がないので拒否する勇気もなく自分自身に落ち度があると考えています。

    実際に相談しようにも死なないで!生きて!って返されるのも面倒で軽いノリで死にたくなるよーって言うかもう心の中でしまい込みます。やることがあるので実践はしませんが死んだ方が楽というより周りには良いんじゃないかな。昔から思ってますが産まれたくなかったです。親に感謝しなさい言われましたが感謝より憎むこともなく申し訳ないですね。

    自分自身も結論が出せず一昨日カウンセラーにこういう考えをしてしまうからどうしたらいいか?と聞きましたがまた次の回にしようと答えが帰ってこなかったので右往左往しています。

    支離滅裂ですみません。 長々と失礼しました。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >無 さん
      そうですか。
      「発言に自信がない」「こうした文章も読み返しては失言してるんじゃないかと考える」
      このあたりから、無さんはとても繊細な方でいらっしゃるのかなと想像しております。

      自信が持てなかったり、失言しているのではと考えたりしてしまうのは、考えすぎということはありませんでしょうか。
      考えすぎてしまうと、どんなことにも間違いや欠点が見つかってしまうものではないでしょうか。
      完璧な人間がいないように、人間が考えることにもまた完璧はないのかなと思います。

      失言してしまうご自身を許してあげることはできませんでしょうか。
      誰だって完璧ではありませんし、失言してしまうこともございます。あまり失言を気にしすぎないほうがよいのではないかなと感じました。
      ご友人など、特に難しいことを考えずに、くつろいでお話できる相手がいると良いのですが。

      「自殺したい」という打ち明け話がしづらい点に、「死なないで」「生きて」って言われることが面倒くさいという気持ちには共感いたします。
      たしかに面倒くさいですよね。分かりきっている、真っ当な返事が返ってきても、何の役にも立ちませんし。初めからそういう気持ちになれていたら、こんなふうに悩んでいないわけですから。

      あまりご自身の持って生まれた性質を否定しすぎず、「このままでもいい」と肯定できる部分が増えてきますと、もう少し楽に生きられるようになるのではないかなと考えております。
      変えられる部分を変えたいと思われるようでしたら変えてみて、変えられない部分はこのまま肯定して受け入れてあげるのが一番かなという気がいたします。

      • より:

        ご返信ありがとうございます。何度も失礼いたしました。久しぶりに自分に対して嫌になって元々嫌いですが今は自分が大嫌いですね。

        実際に父にも負担かけて嫌がられる言動を見たりこっちが落ち度がある捉え方されてしまったりそういったのが重なってきて疲れたり申し訳なくなるんです。

        はっきり言えたらいいんですが父もノイローゼ気味なのでこっちが反発したら更に追い詰めてしまう。親子だから言ってもいいんでしょうけど言える状態じゃないし。言おうとしたらそんな話聞きたくない!って返されて。

        苦しい辛いという気持ちがわからなくなってましたが。でもこうして澤野さんの文章読んでいて泣きそうになって

        傷付いて苦しかったんだなって気付くことができました。本当にどうでもよかったなら涙なんてでないので。

        だから自殺したい気持ちが強かったんだと思います。その辺もやもやしてたので理解できただけマシになりました。本当にありがとうございます。

        性格上考えすぎてしまうのでよく前向きになろうとか気にしすぎだ!とか前向きになれないから沈んでるのでやれたらとっくにやれているし自分も好きで暗くなってる訳じゃないので誰しも明るく生きたいですからね。

        難しいところです。誰とも会いたくない気持ちになっていたので自分の意見を言うのが怖いというかなるべく相手は相手と自己暗示して気にしないようにします。

        長々と失礼しました。色々とありがとうございました。

        • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

          >無さん
          ご家族との関係で、色々事情を抱えていらっしゃるのは大変なことだろうと推察いたします。
          私も親子だからといって、何でも言っていいというわけではないのかなという気がいたします。
          家族のような近しい関係でも、言えないことや言わないほうがいいことはあるだろうと思っております。
          逆に、自分と距離のある方のほうが話しやすいことというのは、あるものですよね。

          なんて返事をしたらいいのだろうと不安になりつつ私も書いておりますので、少しでも無さんのプラスになるようなお返事ができていたなら幸いです。
          また何かございましたらコメントいただければお返事いたしますので、いつでも書いてください。

  21. あかげ より:

    朝起きられなくて、何度も授業を休んでしまいました。
    授業に出たら出たで、途中に眠くなって、寝てしまいます。
    自分は寝たくないので、寝ないように工夫していますが、それでも気づいたら寝てしまいます。そんな私を先生や友達は、怠け者だと思っています。
    寝てしまうことで、大切な情報を聞き逃してしまうこともあります。友達に起こしてもらっても、また知らぬ間に寝てしまいます。
    病院にかかったこともありますが、いっこうによくなりません。
    もう、うんざりしています。
    こんなんでこの先、生きていけるのか。
    もう二十歳なのに、自分が情けなくて仕方ないです。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >あかげさん
      さきほどの匿名の方と同じ方でしょうか。

      かなりの部分、同じ内容の返信になってしまいます。
      自分でも寝たくないときに寝てしまうというのは大変なことだと想像します。
      病院にかかったこともあるということですのでご存知かもしれませんが、ナルコレプシーという睡眠障害を患っていらっしゃるのかなと思います。

      私の知人にも、同じような症状の方がナルコレプシーと診断されておりました。
      周囲の方には怠け者ではなく、仕方のない症状であることを理解していただくためにも、「ナルコレプシー」という睡眠障害であることを伝えると、理解されやすいのかなと思います。

      私の知人の方は、元気に暮らしております。
      あかげさんもそんなふうに眠ってしまう自分をあまり人と比べずに、自分なりのペースで人生を歩んでいただけたらいいのかなと思いました。
      人生がよりよい方向に向かうことを願っております。

  22. 匿名 より:

    朝起きられなくて、授業を何度も休んでしまいました。
    授業に出たら出たで、途中に眠くて寝てしまいます。
    自分は寝たくないし、頑張って寝ないように工夫していますが、私はよく寝るやつ、怠け者だと思われています。
    寝ることによって、大切な情報を聞き逃してしまうこともあります。友達に起こしてもらっても、また知らぬ間に眠りに落ちています。
    ずっとうんざりしています。病院にかかったこともありますが、いっこうによくなりません。
    人生を損しているようにおもいます

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >匿名の方へ
      そうですか。自分でも寝たくないときに寝てしまうというのは大変なことだと想像します。
      一読してナルコレプシーという睡眠障害を患っていらっしゃるのかなという気がいたしました。
      病院にかかったこともあるということですので、ご存知かもしれませんが。
      私の知人に、同じように寝たくないときにまで寝てしまう人がおり、ナルコレプシーと診断されておりました。
      周囲の方には怠け者ではなく、仕方のない症状であることを理解していただくのがいいかなと思います。
      そのためにも「ナルコレプシー」という睡眠障害の名前を出すと、理解されやすいのかなと感じました。
      周囲の理解を得られ、人生がよりよい方向に向かうことを願っております。

  23. 匿名 より:

    どうしてこんなに辛いことが起こるのだろう。
    何も悪いことはしていないのに。今まで頑張って生きてきたのに。そのすべてがこんな結果になるなら今まで何のために生きてきたんだろう。
    誰もが愛されてるというけれど。それを信じてどんなに辛い時も生き延びてきたけれど。
    とても愛されているとは思えない。私を苦しめたいようにしか思えない。もはや私に死んで欲しいんだろうか。もう頑張って笑うのも動くのもつかれた

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >匿名の方へ
      そうですか。
      ただ、どんなに辛い状況も、どんなに幸せな状況も、ずっと続くものではないということは言えるのかなという気がします。
      時間というものは良くも悪くも無慈悲で、どんなことも押し流していってしまいます。
      人は忘れていく生き物ですから、どんなことでも記憶は薄れていってしまいます。
      今の辛い状況を、「そんな時代もあったね」といつか話せる未来が来るのではないでしょうか。

      あなたがどんな状況にいらっしゃるのかも分からないのに、勝手なことを申し上げました。
      もしここでよければ、また辛いときにはコメントいただければと思います。

  24. よる より:

    生まれてきたのが間違いだった。どうせ死ぬのだから、さっさと終わらせたい。
    誰も私のことなんか見えていないんだ。

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >よるさん
      どのような状況にいらっしゃるのか分かりませんので、あまり軽々しいことは申し上げられません。
      ただ「誰もよるさんのことを見えていない」ということはないはずです。
      少なくとも私は、よるさんのコメントから、よるさんがどんな人なのだろう、どんな状況にあるのだろうと想像しております。
      それだけでも、よるさんのことを見ようとしている人間がいることになるのかなとは思います。
      またいつでもコメントをいただければと思います。

  25. みあん より:

    死ねる人が羨ましい
    背負ってないことが羨ましい
    背負ったものを捨てていける自分勝手もまた羨ましい
    30年経っていまだ堕ちる勇気がない
    死ぬか
    殺して死ぬか
    亡骸になって生きるか

    今が辛い 殺人鬼でも来て早く終わりにしてくれぬか
    たのむから

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >みあん さん

      コメントありがとうございます。

      ご事情は分かりませんが、重たいものを背負われて生きていらっしゃるんですね。
      それだけ辛い思いをされながら、捨てずに背負われ続けているものというのは、大事なものでもあるのだろうなと推察して拝読いたしました。

      30年という時間も、みあんさんが生を受けてからの時間なのか、重いものを背負われてからの時間なのか、私には分かりませんが、いずれにしろ、30年という長い時間にわたって、重たいものを背負われ続けてきたことは、言葉には言い尽くせないくらいの思いを抱えてきたことだろうと思います。

      みあんさんがどのような境遇にいらっしゃるのかは分かりませんが、それだけ死について真剣に考えてらっしゃるのは、生きることに真剣だからなんだろうと感じました。

      『僕が死のうと思ったのは』という歌に、「死ぬことばかり考えてしまうのは きっと生きる事に真面目すぎるから」という歌詞があります。もしかしたら、何か気持ちの持ち方のヒントになる歌かもしれないなと思ったので、よかったら聴いてみてください。
      私がこのブログで書いた記事でも、この歌のことを紹介しております。
      http://iiiyashi.com/054/

      また何か思いを吐き出したくなったら、ここでよければ思う存分書いてください。

  26. けい より:

    死にたい?
    何も考えたくない
    疲れた
    上手く生きれない
    社会に適応出来ない
    無になりたい

    • 澤野尚喜 澤野尚喜 より:

      >けいさん
      コメントありがとうございます。
      どんなお返事を書いたらよいのか、ずいぶん悩みました。
      しかし、なんとお声がけするのがいいのか分かりませんでした。

      無になりたいくらい疲れてらっしゃるなら、何も考えずに少し休んでみてはいかがでしょうか。
      社会に適応できない気持ちを書き残した本もたくあんあります。
      そういった本を読んでみることも、もしかしたら癒しに繋がるのではないかと思います。
      あまりお力になれないかもしれませんが、またここでよろしければコメントをいただければと思います。

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